Blog2019 eyecatch

Okazaki Love Storiesというラジオ番組の企画に参加していました。
このネタも何度か紹介してきましたが・・・。

改めて。
紆余曲折会って、声優・脚本・演出 などを。
やっている最中も紆余曲折ありました。
急に書いた台本なども、ちゃんとドラマになって残っているのは時とd気思い返してみても関わってよかったな、と思っています。

基本的には黒子の立ち位置でかかわっていたので、前に出ることはなかったのですが、この企画をやっている時に残念に思ったこともいくつかあります。
下支えしていることと、実利的なことがら=メリット的なことに関してです。

表現者は実際に利を得ないと次の活動を維持できないのが資本主義社会の厳しい掟。

このあたりのことを棚上げして手伝ってしまったことは悔いています。

表現できれば良い、とか、言いたいから言う、とか、そういった姿勢で仕事をしてはいけない、そう思った次第です。

いろんな事柄がありますが、いざコストの話になると、歯車がうまくかみ合わないのではその企画がうまくいっているとは思えません。
あくまでも自分の位置から見たときの感想です。

あえて言うなら、そういったフィールドを大人が用意してくれていることに「気づいた」人はきっとラッキーだったと思います。
客観的過ぎてわからないですねww

ストレートに書くと、表現者がコストを気にせずに活動できた、と言い換えることもできます。

他人事のように言うのは実際他人事だったからなんだろうな。
もし自分に当事者としての自覚と立場があったら、きっとお金周りの事柄を中心に支援したんじゃないだろうか。

その中で、中心人物になったであろう一人の人材が、心理的な破綻を起こさずに済んだのなら、今も思い返すのではなく、実際の活動を継続、もしくは再開する後輩たちがいることを期待せずにはいられません。

作品の質的な事柄は「どこのだれがやっているのかわからないようなものを公共の電波に乗せられない」という立場と拮抗した思いがこの企画を実行に至らしめたのだろうな。

逆に、「どこのだれかを問わずに、その表現を(もちろん一定の基準は満たしている前提で)届ける番組があった」ということなんでしょうね。

総じて、いい経験をさせていただきました。
そして中心にいた【I君】にまた会いたいものだ、と思いましたよ。

手元にあるお話のリストです。



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